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フランス語学習の理由(その2)、プラハ勤務時代の出来事

【なぜフランス語を学習しようと思ったのか(その2)】

およそ20年前のジュネーブ出張がフランス語への憧れのスタートであったことは既に話しました。

私の仕事では僅かですが、海外勤務のチャンスもありました。
フランス語圏の勤務地もありました。
英語圏かフランス語圏へ行けることができればと願いつつ、海外勤務の希望を出していました。

幸運にも1990年代に3年間、海外勤務という希望はかなえられました。
しかし、勤務地は英語圏でもフランス語圏でもなく、スラブ語圏。チェコ共和国のプラハでした。

決してチェコ語で仕事をしたわけではなく、英語でこなすことを求められました。
チェコ人にとっても英語は外国語ですから、非ネイティブの者どうしが英語でコミュニケーションするわけですから、助かりました。

当時のチェコは計画経済から市場経済の移行期にあり、多くのチェコ人が英語にトライしていました。
知り合いのチェコ人の中には、TOEICで何点取ったとか、そのような話題も出ていました。
中には、社会主義の時代にカナダへ亡命して、ビロード革命語、英語のできる人材募集に応じてチェコに戻ってきたという人物もいました。

ネイティブ相手ではありませんが、この時代は英語の修行時代でありました。
赴任前にアルクの英語通信講座の1000時間ヒアリングマラソンを始めましたが、なかなk終えることができず、プラハでもヒアリングマラソンを続けていました。
なお、プラハでも完走できず、結局、この英語のヒアリングマラソンの完走は日本に戻ってからでした。

サバイバル英語ですが、プラハで多くのチェコ人と英語でコミュニケーションをとることができ、自分の世界が広がっていくことが実感できました。
自分の考えていることを相手に伝えられることの喜びを感じました。
ネイティブではないチェコ人が相手ですが、英語でコミュニケーションできる素晴らしさを感じました。

そんなことを感じているなか、こちら側が主催したパーティにカウンターパートが奥さんを伴ってやってきました。
旦那とは普段英語でやりとりしていたのですが、奥さんは英語が全くできませんでした。

奥さんの紹介を受けた時、旦那が言うには、奥さんは英語はできないがフランス語ならできるということでした。
このとき、奥さんは非常に残念そうな顔をしました。
こちらもとても残念でした。


この時は、単なる憧れとしてでなく、コミュニケーションの手段としてのフランス語というものを強く意識しました。
フランス語ができれば、さらに多くの人とコミュニケーションが可能になり、自分の世界がさらに広がっていく。


この時から、まず英語をもっと上達させて、その次にはフランス語に取り組みたいと具体的に考えるようになりました。

【昨日(27日)と今日(28日)の学習】

昨日・今日とも、家族と外出しました。
USBウォークマンを持ってでました。
電車での移動の時間に「フランス語スピーキング」を聴きました。
昨日は75分、今日は90分。


勝手に600時間フランス語ヒアリングマラソン
 記録(2010年2月28日22時55分現在)
 前回からの走行時間  2時間45分
 通算走行時間      35時間50分
 ゴールまで       564時間10分
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